先輩、逝く。
名古屋赴任時代、20年間に渡り、公私共にお世話になった先輩。
ジジイが讃岐に帰省後も、元気づけ、と言って何度も讃岐を訪れた。
昨夜遅く、大阪に住むゴルフ仲間からの悲報。
12月1日永眠。「肺癌」だった。享年63歳。
3年前の定期検診で発見。末期癌だったそうだ。
入院闘病生活を選ばず、残りを生きる事を選択されたようだ。
電話口から聞こえる、ゴルフ仲間の「嗚咽」。
お葬式も密葬のため、誰も気が付かなかった。
来週、当時の名古屋仲間が集まり、先輩をしのぶ会を
先輩の故郷、大阪で開催予定、との事。もちろんジジイも参加する。
(ジジイが初めて富士登山した翌日、山中湖からの富士山)
この時の富士登山は、亡くなられた先輩の発案で、その後5年間、
我が中部支社の恒例登山となった。
信州「八方尾根スキー」を、当時の中部支社若者達の恒例事業としたのも、
先輩だった。常に前向きの姿勢で、部下達と共に遊ぶのが好きだった。
また、スキーが超ベテランでも有った。
合 掌
ジジイが讃岐に帰省後も、元気づけ、と言って何度も讃岐を訪れた。
昨夜遅く、大阪に住むゴルフ仲間からの悲報。
12月1日永眠。「肺癌」だった。享年63歳。
3年前の定期検診で発見。末期癌だったそうだ。
入院闘病生活を選ばず、残りを生きる事を選択されたようだ。
電話口から聞こえる、ゴルフ仲間の「嗚咽」。
お葬式も密葬のため、誰も気が付かなかった。
来週、当時の名古屋仲間が集まり、先輩をしのぶ会を
先輩の故郷、大阪で開催予定、との事。もちろんジジイも参加する。
(ジジイが初めて富士登山した翌日、山中湖からの富士山)
この時の富士登山は、亡くなられた先輩の発案で、その後5年間、
我が中部支社の恒例登山となった。
信州「八方尾根スキー」を、当時の中部支社若者達の恒例事業としたのも、
先輩だった。常に前向きの姿勢で、部下達と共に遊ぶのが好きだった。
また、スキーが超ベテランでも有った。
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