讃岐の里山で見たものは…
今日は母のディサービス日。
ジジイの1週間にいっぺんの骨休み日でもある。
久しぶりに家の近くにある、標高180メータの里山に登る。
里山の紅葉を撮影しながらの登山となる。
(椿の赤と、枯葉の黄色が綺麗で撮影する。)
(銀杏の黄色と、空の色…空の色が、もう少し青みがかっていれば最高だったが…)
(頂上付近で。椿が群生し、赤と銀杏の黄色が綺麗だった)
紅葉は、北へ行くほどなぜかとても綺麗では有るが、くすんだ讃岐の里山の紅葉も温かみが有る。
(頂上にある、朽ち果てたお堂に貼ってあった悟り文書)
これによると、人は「死ぬ準備をする為に生きる」そうである。
ちゃんとした、早稲田大学大学院の教授様の、ありがたいお言葉である。
この里山には、時々こうした「人生教訓」を貼っている時が有る。
何処のどなたが貼るのか判らないが、いずれも「一理あり」と思う。
ジジイの1週間にいっぺんの骨休み日でもある。
久しぶりに家の近くにある、標高180メータの里山に登る。
里山の紅葉を撮影しながらの登山となる。
(椿の赤と、枯葉の黄色が綺麗で撮影する。)
(銀杏の黄色と、空の色…空の色が、もう少し青みがかっていれば最高だったが…)
(頂上付近で。椿が群生し、赤と銀杏の黄色が綺麗だった)
紅葉は、北へ行くほどなぜかとても綺麗では有るが、くすんだ讃岐の里山の紅葉も温かみが有る。
(頂上にある、朽ち果てたお堂に貼ってあった悟り文書)
これによると、人は「死ぬ準備をする為に生きる」そうである。
ちゃんとした、早稲田大学大学院の教授様の、ありがたいお言葉である。
この里山には、時々こうした「人生教訓」を貼っている時が有る。
何処のどなたが貼るのか判らないが、いずれも「一理あり」と思う。
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